2024年05月13日

■タンポポ観察blog.2

春になって我が家の庭のそこここにタンポポが咲き始めると、わが夫は腰を落として花の観察をする。花首をちょっと裏返し、「がく」めいたものの形を確認。彼の是とする形状ならばそのままにして、非なら花を手折るか株まで引っこ抜く。何を峻別しているのかというと、在来のタンポポか外来種かを見極めているのだ。

「わしはにぎやかな西洋タンポポは嫌いだ」茎高く楚々と咲く和タンポポが好きと言う。

いつか私も庭を和タンポポの庭にしたいと思うようになって、草引きのたびに夫と同じようにしている。

 ある日、地元「丹波新聞」のお出かけガイドを見ていたら、「青垣いきものふれあいの里」でタンポポ調査に参加しませんかと案内が出ていて、行ってみよう!と。

 4月27日朝8時20分、自宅を出ようとしたところ雨が降りだした。雨の観察会かと観念して車を走らす。丹波市の南の自宅から北の青垣町へ、途中1区間だけ高速を使って30分余りで「いきものふれあいの里」施設に到着。参加者10名ほど。先生のお話を聞いているうちに雨はやみ「あら、雨女の私にしてはついている」と喜ぶ。

 まずざっとタンポポの種類についてのお話。私が和タンポポと呼んでいるのは在来種でこのあたりでは「カンサイタンポポ」と呼ばれる。そして「外来タンポポ」。その中間の「雑種タンポポ」の3種に区別される。 

外来種は高度成長期の1970年代に都市整備に輸入された樹木の土に付いてきたらしく、都市部に多い。それは繁殖力が強くみるみる増えていったそうだ。

 「いきものの里」周辺を歩くと、まだまだカンサイタンポポも多く、雑種も多い。外来タンポポは茎短く、花はこんもりと華やかに盛り上がっている。

タンポポを覗き込みながらの先生の説明がとても面白い。

「カンサイタンポポはね、朝花を開き始めるのが9時頃なんですよ。外来のはもっと早い。つまり、それだけ受粉の時間が少ない。おまけに、虫の媒介でしか受粉しない。外来のは虫がいなくても勝手に受粉するんです。」

何と逞しい外来種よ。さらにカンサイタンポポは花開いても、虫が受粉してくれそうにないと早々に花弁を閉じてさっさと萎れていくというから、儚い。もう少し粘れよと言いたくなる。

 それと、カンサイタンポポの自生地は青垣町辺りが北限で、この先の遠坂峠を越せなかったと言われていたのが、最近は峠を降りたすぐ先まで行ってるらしい。結構頑張っているんだ。南は瀬戸内海辺りまでと言われていたかな?

面白いのは在来種は所が変われば名前も変わって、出石では「ヤマザトタンポポ」、岡山まで行くと、白い花になって「キビシロタンポポ」、関ヶ原を越すと「トウカイタンポポ」更に東は「カントウタンポポ」と呼ばれるらしい。また、神戸六甲アイランドには大花の「ロクアイタンポポ」という地域限定の雑種?もあるそうでバラエティーに富む。

 そんな話も聞きながら楽しく観察を続けていると、3、400メートル西方の山の辺りが騒がしくなり、犬の吠える声がして、オレンジのベスト着用の猟友会の人達が鉄砲を構えている。そして発砲。と、山の中から2頭の鹿がはじかれたように飛び出した。遮るもののない田んぼを走り回って逃げている。何度も銃声。逃げる、逃げる。

今度は少し下方で1頭の小さな鹿が別の猟師に狙われしきりに逃げている。が、1発がどこかに当たったようで溝に落ちて行った。

 繰り広げられる狩猟の現場のすぐそばにいて私たちは声もない。最初に飛び出した2頭の鹿は離れることなく、何とか上方の山の中に逃げ込んで行った。

溝に落ちた鹿の方へ銃を構えて近づく猟師。そして銃声。「バンビや」と無線で仲間に知らせる声が聞こえる。ああ、産まれてまだ日も浅いんだ。逃げきれなかったなあ……

 野生鹿を活用したワンちゃんのおやつ作りに関わって17年になるけれど、狩猟現場を初めて見た私はやはりショックだった。死んで解体施設へ運び込まれた鹿は何度も見ている。でも、生きて走っている命が突然断たれる様子は見ていて苦しくなった。

ああ、そうなのだ。大切に活用してやらなければと、改めて思った。

毎日新聞4月30日の記事によると、「鹿の生息数は高水準で横ばい、国の半減目標には遠い」となっている。丹波市でも鹿害は後を絶たない。野生動物の生存本能と人間の食糧や環境の保全行動とがまだ暫く拮抗していくことになるだろう。

 それから私たちはタンポポ観察を再開して、正午まで畦道を歩きまわった。雨の気配もなく、若葉風が心地よかった。ガマズミ、花筏、ニガキ、クサギなど初めて名前を知った植物もあり心弾む半日だった。

 帰宅して改めて天目楓の下や桜樹の傍、そこここに咲いている我が家のカンサイタンポポを眺めた。畦道のタンポポに比べてうちのは箱入りタンポポやねと夫と笑い合った。